ピエール・西岡『友人の歯が綺麗だった』

「この近くに、処刑場があるんだ。知ってるか?」
と、友人英介が唐突に言うもんだから僕はふかしてた煙草に咽てしまった。
「知らないよ。急に何の話かと思えば」
「ここはさぁ、打ち首する所だったんだ」
辺りを見回してから英介が、すっと先の何かを指差す。
「向こうに石碑が見えんだろ。あの石碑の脇に以前は小さな地蔵があったんだよ」
英介の住むアパートは立地条件が悪い。人気もない郊外に友人は住んでいた。
僕達はその帰路の途中だった。
彼の住む宮城野には梅田川という川がある。
梅田川は美しいだけでなく、昔から血生臭い噂があった。
首切り安周の名で恐れられていた介錯人がよく刀を研ぐ際に利用したのがそこの水だった、とか、そういう巷の好きそうな噂や伽話があ
ったのだ。
「今はさ、もうないけど。3年前までは地蔵があったんだぜ?」
「それで、どうかしたのか」
「最初は、首が無くなってたんだ」
確かに僕の方へ話してはいるけど、英介のそれは僕にしているものではなかった。
「半年も経たないうちに、今度は残った胴体も無くなっていた」
「所でよ、あの石碑は、処刑場で首刎ねられた罪人の鎮魂の為に建てられたらしい」
「あの石碑が」
話があちこち飛んでいたけど、それを気にできる雰囲気ではなかったから、僕は英介にただ話を合わせるだけだった。
「けど、地蔵は何の為にあるか分らねぇ。そこら古い人間は、鎮魂だの何だの言って納得してるけど」
「お前は違うと」
「違うね。あれは罪人そのものだな。死んだ連中を象っただけなんだよ」
「首刎ねられて、どこにも往けなくなった罪人連中の成れの果てがあの地蔵だ」
「祀る為でも弔う為でもねぇ。ただあるだけだ」
「それが」
「だから、いけない」
「いけない?」
「連中は消えてぇのよ。さっさとこの世からおさらばしたいんだ」
「だが、地蔵がそれを邪魔すんのさ」
「な、なぁ? お前、さっきから何を」
「だからよ。最初は首を切ってやったのさ」
英介の歯が覗けた。