ピエール・西岡『飛鳥井姫インザドリーム』

「これ、飛鳥井姫じゃないか?」
葦原がまじまじと廊下の壁に掛けられている絵に顔を寄せている。
「おい葦原。恥ずかしいからやめとけ」
庄内が辺りを気にしながら誰もいない事を確認すると空かさず彼の横に並んだ。
二人して、ほぅと息を吐いた。
「飛鳥井姫だな。間違いない」
「しかも、油絵だぞ。聞いた事あるか?完成の年は明治3年だと。聞いた事ないだろ」
「作者は」
「知らん。俺の知らない名前だ。後は自分で読め」
「お前が知らないなら俺も知らんだろ。読まん」
珍妙なやり取りの後に葦原が少し下がりながら言った。
「しかし、何で山形のこんな旅館に掛けてあるかね。飛鳥井姫なら中国地方辺りのものだろ」
「何だ葦原。知らないのか。山形にも飛鳥井姫の伝説があるんだぞ。これなんか丁度それを描いてるじゃないか」
絵には飛鳥井姫の裸体が描かれていた。飛鳥井姫が川床に座り胸を隠した格好で、洗物をしている女に何か訴えている風景を油絵独特の分断的な塗りで描写している。
「これは山形に伝わる飛鳥井姫伝説の1シーンだよ。女に着る物を乞う飛鳥井姫を邪険にするシーンだ。この後、女は顔が馬になって二度と人里へ戻れなくなった、とか言う話さ」
「はん。よく知ってるな。まあ、俺は飛鳥井姫の裸が見れればそれで十分だけどな」
「やっぱり、お前の嗜好にはついていけないよ」
葦原は目を細めながら反対側の壁に寄り掛かるようにして絵を眺めていた。
「なあ葦原」
「何だ」
「お前、近視だったよな」
「ぼやけると裸体の全身像が想像しやすくなるんだよ」
さて、その夜。
庄内は変な夢を見た。
飛鳥井姫が何者かに陵辱されている夢だった。
庄内へ助けを求める飛鳥井姫のその表情が忘れられなかった。
朝になると、既に葦原が起きていた。
何か違和感のある動きをしていた。
「どうしたんだ、葦原」
「あ、いや」
その時、異臭が庄内の鼻についた。
あの独特で庄内もよく嗅ぐ匂いだ。
「まさか、お前」
葦原が顔を真っ赤にした。