ピエール・西岡『猫神ゆらゆら』

僕は宮城県は西部の田舎町に住んでいる。ここの地元では昔から猫神信仰があって、それは島に伝わる猫神信仰とはかなり違うものだ。
何が違うかと言うと、まず巫女さんがいる事。それに御神体が猫頭のミイラだ、と言う事。
祖父に訊くと、何でも遠い昔にこの辺りの村々に歩き巫女がやって来て、それからずっと居付いたそうだ。その時に巫女さんが祀っていたのが猫のそれで、以降は猫神様に拝んでもらうという風に定着していったとか。
巫女さんは十年おきぐらいに変わる。小さい森の中にお社があって、そこで巫女さんになるべき人が選ばれる。
どうやって選ぶのか、また祖父に訊いてみるとこればかりは教えてもらえなかった。
だろうなぁ、と僕は思う。僕は知っている。どうして選んでいるのか、を。
必ず新月の夜だった。そして必ず一人の女性に男衆が揃ってお社の中へ入る。古くなった扉は格子状になっているから外から覗く事ができた。
僕は薄明るいその中で、巫女さんが猫のように腹這いになって鳴いているのを見てしまった。
男衆は何かを唱えながら一人が巫女さんの身体に覆い被さり、やっぱり猫のように腹這いのなって猫のように鳴いた。
巫女さんの綺麗な太腿と真っ白な足袋が今も目に焼き付いている。
巫女さんの影と男の影が重なって、ゆらゆらと揺れていた。
暫くすると、男衆がお社から出て来て何か口々にお役目がどうとか言いながら下品な笑いを沸かして帰って行った。
僕はじっと隠れていたけど巫女さんはとうとうお社から出て来なかった。
次の日になって選ばれた巫女さんが境内で恭しく御神体が祭祀られているお社に頭を下げて、一つのお祭りが開かれた。
綺麗に飾られた巫女さんは本当に綺麗で、僕は何とはなしに近くで見たくなって、人の賑わいを掻き分けながら巫女さんに会いに行った。
目の前に立つと巫女さんが屈んで、僕の頭を撫でてくれた。微かに白粉の匂いがした。
鈴を転がすような声で巫女さんは笑っていた。