ヘルドッグ『都会の息子』

 みつさんは村で唯一のうどん屋を営んでいるお婆様です。かつては人で賑わった店内も近頃は閑散としており、たまに足を運んでくるのは見知った古顔ばかり、みつさんは今日も夕陽が落ちるよりも早くに店を閉め、奥の部屋に籠ってしまいました。炬燵に足を入れ、知り合いの農家から頂いた洋なしをかじりながら、新しく買い換えたテレビを眺めて長い時間を過ごします。夫には先立たれてしまいました。一人息子は「ここには何もありゃしねぇ」と吐き捨てて、ずっと昔に都会へ去って行きました。ほとんど喧嘩別れでして、亡き夫が勘当してからは一度も会ってはおりません。みつさんは人付き合いの多い方ではないので、店じまいをした後、やることと言えばテレビを眺めているぐらいです。
 夜が更けてきた頃でした。ちりんちりんと鈴がなりました。みつさんはいくつになっても耳だけは達者で、鈴の音を聞き取るや否や立ち上がり、店先に歩いて行きました。けれども誰もいやしません。みつさんは開け放しにしていた扉の鍵を閉めてから、また炬燵に潜り込みました。テレビに映った漫才師たちがゆらゆらと揺らめきます。みつさんは壊れたのかと思いリモコンへ手を伸ばしました。今度は電気がちかちかと、明滅し始めました。耳元で囁くような声がします。
「ままん、ままん」
 みつさんは振り返りますが、誰もおりません。次の瞬間には電気もテレビも、また元通りとなっておりました。再びちりんちりんと鈴がなります。急ぎ足で店先へ出ますが、やはり誰もおりません。鍵は閉めておりましたので、通り抜けることなど到底、無理な話です。 電話がけたたましい音を立てて鳴りました。ダイヤル式の黒い電話です。受話器を取り上げると、向こうから女性の声がします。息子の妻と名乗るその婦人の方は、泣いているのを押し殺すような口調で、みつさんにこう言いました。
 みつさんの一人息子が、先ほど亡くなりました、と。