2012-12-09から1日間の記事一覧

紅 侘助『蒼い瓶と旅する人』

「どこから?」と訊けば、(北から南から)と応える。「どこへ?」と問えば、(必要な場所ならばどこへでも)と返す。 あの日以来、何度も出会っているはずなのだが、その都度記憶は曖昧なものとなり、どんな年格好だったのか、男性であるのか女性であるのか…

ヘルドッグ『都会の息子』

みつさんは村で唯一のうどん屋を営んでいるお婆様です。かつては人で賑わった店内も近頃は閑散としており、たまに足を運んでくるのは見知った古顔ばかり、みつさんは今日も夕陽が落ちるよりも早くに店を閉め、奥の部屋に籠ってしまいました。炬燵に足を入れ…

君島慧是『崖の絵巻』

海面から二メートルほどの低い靄が海を覆っていたが、漁の邪魔にはならなかった。リアス式海岸の切り立った崖と島々が靄の上に浮かぶ景観は、雲のうえの仙人郷のようで、昇りはじめた朝日が靄と岩肌を金色に照らすと、港生まれの漁師でさえ溜息を洩らした。…

瑪瑙『その子、手が真っ白でねえ』

「その子、手が真っ白でねえ」 横では小林君が自慢げに語り始めたんだ。僕らがいる立ち飲み屋と道路を挟んだ真向かいにカフェがあり、窓際に若い女がいるのが見えた。下を向いていたけれど女の目鼻立ちが整った顔は遠くからでも分かった。 「酒蔵で働いてる…