妙蓮寺桜子『こんな夢を見ていた』

 こんな夢を見ていた。ひとりの少女が土手の傾斜に立ち、遠い私を見つめている。セーラー服の少女の直ぐ横には、昨日今日のうちに満開になったと見える桜の花が、淡い色彩で咲いている。日傘をくるくると廻しながら、少女は微笑んでいる。「おーい!」と少女に向かって呼び掛けてみるが、聞こえているのかいないのか、ただ微笑みながら日傘を廻し続けている。
 桜の花弁は散っても散っても際限がない。散った先から直ぐに蕾をつけ、間断なく開花し、風に吹かれ、また散る。いつしか、桜の花吹雪は少女の全身を包みこんでいた。美しい顔立ちも、瑞々しく健康そうな肉体も、何もかもが見えなくなった。思わず嘆息した。少女の近くに行けないものか。足を動かそうとするが、思うように体が動かない。手を伸ばそうとしたが、無駄なことだった。――私には、腕がなかった。
 そのとき、これは夢だと悟った。眼を開いたら負けだという、意味不明な賭けを自分に科し、夢の続きを見たいと願った。少女は誰なのか。遠い昔、故郷の何処かで会ったような気がするのだ。彼女が立っていたのは故郷の最上川の土手ではなかったか。
 ――嗚呼、私は知っている! 
 遠い昔、一度だけ最上川の土手で見かけた、両腕のない美しい顔立ちの少女。腕がないのは私ではなく彼女だったのだ。四半世紀後に、突然夢に少女が出てきたのには、何か理由があるのかもしれない。
 眼を開いてみる。辺りはまだ薄暗い。ぼんやりした眼で蒲団の傍らを見上げると、大きなこけしのような黒いシルエットが、私を見下ろすように、ユラリユラリ、と小さく揺れていた……。