きむら『思い出の海』

五歳になる娘が波打ち際で砂遊びをしている。
私は、じっとその仕草を見ていた。ある感慨に耽りながら。
ねえ。あの子、最近あなたに似てきたと思わない。
一拍置いて穏やかな声が返ってくる。
そうかな。どちらかといえば君に似ていると思うよ。ほら、目元なんか君と見間違えるくらい酷似している。
でも顔の輪郭はあなたそっくりだし、鼻すじだって私と違う。通っているもの。
じゃ、僕と君は似ているのかもしれないね。
どうして。娘が自分に似ているのが嬉しくないの。
私は口調を荒げる。夫は黙った。
海へ行こうよ。
と六年前、ここへ来たときもそう。夫はいつだって私の言うことに黙る。残業続きで疲れていたのだし、断ろうと思えば断れたはず。なのに無言でうなずく。
沖のほうへ行ってみたい。一度我儘が通ると要求はエスカレートする。
だめだよ。妊娠しているんだし。
まだ三ヶ月だから平気よ。ゴムボートから降りないから。
夫は黙った。受け入れた証拠だった。
けれど突然の高波で転覆してしまう。夫は懸命に私を捜し当て、ゴムボートに乗せる。縁を掴みながら浜へ誘導していく。そして何事もなかったかのように浜辺に着く。
でも、夫の姿はなかった。
 
あのねと、娘が私の腕を引っ張る。今、パパに似た人がいたよ。一緒に、お城を作ってくれたんだ。
パパの顔がわかるの?
うん。ママの携帯にシールが貼ってあるもん。
そういえば、すっかり色褪せてしまったけど無邪気にピースサインをする私の横に夫が写っている。込み上げるものがあった。
そう……ほかに何か言ってた?
さよならって、言ってたよ。ママに、自由に生きてだって。
え……?
じつは再婚話が進んでいる。それで私は、区切りをつけるため今日ここへ来た。
知ってたんだ。でも最後まで黙るなんて、ずるい。
私は泣きながらシールを剥がす。もう我儘なんて言わないのに。