2013-01-07から1日間の記事一覧

きむら『衣川』

森で友人らとはぐれ、辿り着いた所は古めかしい持仏堂。導かれるように中へ入ると、車座になった屈強な男たちが仄かな蝋燭の光に映し出されていた。 その光景は、ひどく古い映画の一場面を切り取って再現したかのような、そんな錯覚さえ起きる永い時間が感じ…

新熊昇『組立模型、遠野物語の古民家』

駅前の小さな書店は、入ってすぐの目に付くところに「デ○ア・ゴ○ティーニ」や「ア○ェット」と言った、いわゆる「週間百科」が置かれている。実はいままで一度も買ったことがないのだけれど、タイトルとイラストを見たとき、心が動いた。 「組立模型、遠野物…

松雄到『トッカさん』

二股に分かれた幹の間から、夏が、深い雲の谷間をのぞかせます。 雲のふもとの小高い丘の上に、古い寺が建っています。その寺の境内から田んぼ道に下る土手の中程に、昔、横穴がぽかりと口を開けていて、そこに白くて細い狐が二匹すんでいたそうです。 「ト…

新熊昇『天童咲分(さきわけ)駒』

冬、寒さと重労働の疲労と空腹で毎日何人もの日本人捕虜が亡くなっていった。 その中に山形県天童出身の者がいた。彼は汚れた小さな袋の中に入れた一組の将棋の駒を持っていた。駒の上の部分が朱色の文字、下の部分が黒色の文字が二色の変わった駒。聞くと、…

田中せいや『ドラッグストアにて』

岩手県中央の、早池峰山のふもとに、ちょっとしたドラッグストアがあった。 じめじめする夏の昼下がり。 小太りの青年が走り込んできて、あせったようすで店内を物色しはじめた。 やがてレジ台に商品をどっさり置くと、壱万円札を三枚差し出した。 店主のお…

妙蓮寺桜子『こんな夢を見ていた』

こんな夢を見ていた。ひとりの少女が土手の傾斜に立ち、遠い私を見つめている。セーラー服の少女の直ぐ横には、昨日今日のうちに満開になったと見える桜の花が、淡い色彩で咲いている。日傘をくるくると廻しながら、少女は微笑んでいる。「おーい!」と少女…

きむら『思い出の海』

五歳になる娘が波打ち際で砂遊びをしている。 私は、じっとその仕草を見ていた。ある感慨に耽りながら。 ねえ。あの子、最近あなたに似てきたと思わない。 一拍置いて穏やかな声が返ってくる。 そうかな。どちらかといえば君に似ていると思うよ。ほら、目元…