2011-12-01から1ヶ月間の記事一覧

沙木とも子『海に眠るもの』

「てっきりなぶらじゃ、思うたさ」 その日、嘗てかつおの一本釣りで鳴らした泰三伯父は、酒杯片手に珍しく饒舌だった。 「こりゃあきっと、不漁続きの儂らを哀れんで、船霊さまが下された、一世一代の大なぶらにちげえねえ、ってな」 前方の海域に黒々と横た…

秋乃 桜子『メモリアル ダイアモンド』

「故人のご遺骨から炭素を抽出し精製、メモリアルダイアモンドに・・・」 私はインターネットネットで見つけた記事を読んでいた。骨の一部か、あるいは遺骨の全部で人工ダイアが作れると言う。全部の骨を使うと墓の心配もなくなる。妻は、まもなく天使になる…

剣先あおり『しらこま』

私がこの山を選んだ理由に子供の頃に読んだ妖怪図鑑の影響が有る。 「しらこま:白い馬に乗った美しい天女の姿で山道で迷った者の前に現れる。その者が善良であれば正しい道を教え、福を授けるが、邪であれば誤った道を教え、喰い殺すという」 東北出身の作…

一双『海坊主の背中』

娘で、母で、祖母で、曾祖母だった東北の女が遺した話。 子と、孫と、ひ孫に、何度も聴かせた話。 高台から、さらに登った山の中腹まで走るのは、五歳だった女にはかなりきつかった。荒い息がいつまでも収まらず、倒れそうになりながら、呑まれる町を見下ろ…

千代丸『水たまり』

北上川近くの荒れ地に砂で出来た大小様々な山が連なっていた。 砂山の前は水が溜まり易くいつも大きな水溜まりが出来ていた。冬が来て、雪が降った。 雪が降りしきる今日なら、きっと見事な氷に変わっているはずだ。 白い息を弾ませて水溜まりに駆けつけた。…

宇津呂 鹿太郎『未練の果て』

友人の野田は大阪の大学に通っていた頃、女の子に振られたという。バイト先の子で名は沼畑。一年付き合って、そして捨てられた。 だが彼は諦め切れなかったらしい。夏休み、青森の実家に帰省した彼女を追って彼も青森へと向かった。住所を頼りに彼女の家を探…

明神ちさと『ガッコ茶奇談 〜きりたんぽ〜』

きりたんぽを喰ったことがないと言うと、宿の親父は「んあぁ?」と唸るような声を上げた。 「さっき秋田の出だって――」 「父がね」私は主の言葉を遮るように答えた。 「私自身は東京の生まれです」 「あぁ」ジロリとこちらを見たが、視線を鍋に戻し、とんろ…

岩里藁人『てんでんこの糸』

なんという事だろう、この国は変わってしまった。たった一本の細い糸によって。 あの大災厄の後、とつぜん私たちの鼻先に糸は現れたのだ。グラスファイバーのようにキラキラ光り、細いが丈夫そうなその糸。見上げれば、先端は雲の上に消えている。皆が芥川の…

田磨香『アテルイの宝』

私は子供の頃から、歴史が大好きだった。それが高じて、生涯の仕事に――とまでは行かなかったが、余暇のほとんどを費やす程の趣味として、どうやら一生の付き合いになりそうである。 書物から知識を学ぶことも勿論好きだが、なにより楽しいのは、実際に史跡を…

鬼頭ちる『木礎』

今、我が国の辞書に載っている『木礎』という言葉。これは元々、遥か遠い昔は『基礎』と呼ばれていたそうだ。 昔、災いがあった。地が割れ、海を揺すり、波が多くの命を奪った。木が倒れ、家屋に使われていた木材は瓦礫の山となった。しかし、心も体もゼロや…

天羽孔明『ビッキの里』

妻が懐妊したのを機に、以前から計画していた通り、陶芸家として生活する為に都心の会社を退職し、秋田県内のとある村に新居とアトリエを構えました。 引っ越してきた当初は、妻も都心と違って空気が綺麗な良い土地だと喜んでいたのですが、半年もたち、もう…

天羽孔明『くるかみさま』

大学時代の友人が山形県内の山村でペンションを始めたと言うので、その祝いをかねて車で泊りに行ったのです。ところが帰宅時、道を間違えて細い林道へと紛れ込みました。 その道を小一時間も走った頃、ようやく道沿いに小さなスペースを見つけ、その場所でU…

天羽孔明『生きろよ!』

私が勤めているのは、建築資材を扱う小さな商社の事務所です。 従業員は、社長と、事務をしている私と、営業さんが二人いるだけなので、事務所は市内某所にある築年数の古い貸しビルの四階にあります。 あの日は、二人の営業さんも社長も外廻りに出ていたた…

早夜『お父さん』

「 父が急死した。風邪を拗らせ、死んだ。 明け方の電話のベル。得体の知れない気配に飛び起き、濡れた空気の匂いを嗅いだ。こっちはもう小雪が散らついているから、温かい格好をして帰っておいで。受話器越し、母がいつも通りの口調で私の身を案じた。 帰省…

明神ちさと『ガッコ茶奇談 〜燻りガッコ〜』

「それは湯沢市の院内銀山が閉鎖された年だって言うから、大正九年か十年頃の話だろうねぇ」 持ち寄ったガッコ(漬物)をつまみながらの井戸端会議、土地の者が言う『ガッコ茶』の席でのことです。あねさん被りの手拭をハラリと解いた近所の主婦――克子さんが…

宇津呂 鹿太郎『椅子の世界』

私が小学生だったある春の日のことだ。一人家の裏山で探検ごっこに興じていた私は、草深い獣道の奥でそれに出会った。鉄パイプと木の板で作られた無数の簡素な椅子が無造作に積み上げられている。薄暗い山の中、泥と錆にまみれ朽ちた椅子の山だけが日の光の…

アリマ『遭難』

遭難から三週間、ふらふらと麓を歩いているところを保護されたとの連絡を受け、修は美冬が収容されたという病院へ走った。美冬の無事を願う毎日はまた、なぜ自分だけが助かってしまったのかと己を責め苛む日々でもあった。 病室のベッドで半身を起こすその横…

沢井良太『雪の兵隊さん』

年の瀬の病室。窓硝子の向うで粉雪が舞っている。六人部屋だが、年末年始の一時帰宅で残っているのは、老女ひとりきりだった。 私が消灯前の検診を行う間、窓の外をじっと見つめていた老女だが、不意に「雪が降ると思いだすの」と訥訥と語りだした。 子供の…

三輪チサ『萩の露』

「見仏上人さま、どうか宮千代をお救い下さい」 呻くような男の声に、上人は読経を止めた。男は延福寺の僧円仁。夜毎訪ね来ては、地 に額を擦り付けて懇願する。今宵百夜目、上人はその声に常とは違う響きを聞き取った。 延福寺の稚児が一人、三月前から行方…

真木真道『きりたんぽ』

都内の大学に通う高橋君は秋田市の出身だ。一人暮らしを始めて3年。彼が東京に出てきて以来、実家に電話を掛けると必ず最初に祖母が出る。 繋がるなり「きりたんぽおぐったがらなぁ」ぼそり告げて、すぐに母や妹のもしもしという声に変わる。毎回そうだとい…

ヒモロギヒロシ『日記によると』

震災後しばらく日記を付けていた。それによると、宮城の弟に電話したのは三月十九日。その前にも何度か連絡を取り合ってはいたが、実家周辺は回線が不安定でろくに話が出来なかった。 そのころ地元には荒唐無稽な流言飛語が飛び交っていて、この時は「石巻で…

高中千春『ひとごろしが来ないように』

先日、原発事故の影響により全住民が非難を余儀なくされた村の現在を伝えるドキュメンタリーを見ていて、久しぶりに「杉沢村」のことを思い出した。ずいぶん前に催された同窓会の折り、H大学に進学したK君が「杉沢村の皆殺しの家」で撮影した「女の子の幽霊…

金剛千花『まよひが』

カーナビなど無い時代のこと。東北道を降りた後は大雑把な地図と勘を頼りに車を走らせ、国道から県道そして湖の周回道路へかかる頃には日も暮れ、道幅は狭くなっていった。やがて行く手は左右から鬱蒼と木の生茂る林道になり、かろうじて舗装はしてあるもの…

真木真道『ババヘラ』

秋田では夏になると独特の形で氷菓が路上販売される。ビーチパラソルの下で椅子に腰掛けた女性が、ヘラを使って大きな缶の中のアイスを掬いコーンに盛って売る。ババヘラという。頬かむりをした独特のスタイルは農家の女性の副業だった名残だ。販売員は老女…

真木真道『大晦日の鬼』

秋田の旧家だった斎藤家には鬼が来る。年に一度、大晦日の夜に訪れる。地域柄なまはげやナゴメハギを連想するが、その類ではない。斎藤家にだけ出る鬼だ。いつの頃からかは分からないが昔からそうであったらしい。少なくとも江戸時代には何代も前からの事と…

もも『いたずら?』

分水嶺を越えて、渓流沿いの山道を下った最初の集落に、その宿はあった。 由緒あり気で豪壮な家の造りは、旅館と言うより集落の長的威厳を保ち、それでいて宿の人達は家族的な雰囲気を持っている。 むさい男の一人旅で、客も私だけということもあり、御一家…

路ノ 茨『蓮姫』

宮城の県北。夏の頃、田畑の鮮やかな緑の中に、ぽっと桃色の灯がともる。伊豆沼をはじめとした三つの沼に咲く古代種の蓮の花である。 毎年花の見頃には蓮祭りが開かれ、小型船で沼を遊覧出来るのが魅力だった。沼の端ではカメラを携えた者達が熱心に沼の有様…

岩里藁人『燃えるリンゴ』

漫画原作者Tさんの実家は青森のリンゴ農家である。高校卒業と同時に上京したが、それは青雲の志と呼べるものではなく、雪国の重苦しい空から逃れたい一心からだった。 長男であるTさんが家業を継がないと知った父親からの餞別は、硬いゲンコツが二個。それ…

ヒラオカズヒコ『待っている人』

早春の二月下旬、会社の仕事で長井市の営業所へ出張した。新潟県に近く冬は雪が多いので苦労する。この年は暖冬だった。といっても山越えの二四八号線はずっと白い雪の列だ。寒い日であった。午前十時半頃、車を走らせ約束の時間を気にしながら目的地へと急…

鬼頭ちる『青い森の赤い沼』

どこまでも青く澄みきった空の、やさしい日だった。 瑞希は宏の故郷である青森にいた。数日前、瑞希がそのお腹に子供がいることを告げてから、宏は青森のとある場所へぜひ瑞希を連れて行きたいと告げた。互いの両親への挨拶、結婚の準備。これから忙しくなる…