2011-10-29から1日間の記事一覧

宮本あおば『石碑』

故郷の話だ。 不毛と言われた土地は、明治に入って大々的に開墾され、疏水も通った。遠い遠い湖から水を引く、長い工事を成功させた人々がいた。 ずっと後で、祖父の一家が移り住んだすぐ隣には、洋館と枯山水の庭があった。大正の頃に建てられた開拓関係者…

樫木東林『スパンコールの女』

会社を出てから独りで車を走らせていた筈なのに、いつの間にか後部座席に女を乗せている。夜遅くの残業は俺だけだったので同僚を送っているわけでもない。そもそも会社にあんな格好の人間はいない。バックミラーに写る女は俯き加減で顔は良く見えなかったが…

たまりしょうゆ『国際リニア・コライダー(ILC)』

「臭くてわがねじゃ、はやぐ持ってけろじゃ」 老人は道端の石碑に腰かけたまま、顎をしゃくる。ボリボリと首筋をしきりに掻いている。 黒服の男が「お引き取りしますよ」と答えるのを合図に、背後に停車していたバンから防護服姿の男が数人降り立った。男達…

庵堂ちふう『波間/孟洋(たけひろ)のこと』

市街のホテルで深羽子と会ったあと、孟洋は彼女を車で駅まで送り届けた。 町まで一緒に戻るわけにはいかなかった。車に同乗しているところを見られただけで、おかしな噂を立てられかねないからだ。 町では滋春と深羽子の関係を知らない者はいなかった。深羽…

庵堂ちふう『波間/深羽子(みわこ)のこと』

深羽子は、かつて通った高校の西棟の階段を上がっていた。まるで自分の意思で歩いているのではないような足取りだった。 三階から屋上へ出る手前の薄暗い踊り場に、大きな鏡があった。その鏡には人間ではないものの姿が映るという噂があり、生徒たちの寄りつ…

庵堂ちふう『波間/滋春のこと』

深羽子のことで話し合いに来たはずなのに、気がつくと俺は奴の首を絞めていた。 俺と深羽子はほとんど終わりかけていた。それなのに、こいつが俺から何もかも奪っていくように思えた。深羽子の他に、俺には何もなかった。何ひとつ。俺は狂った。 奴の死体の…

結井亨『枯菊』

一面が掘り返された運動場が墓地になっていた。真夏の空の下に、乾いた象牙色をした土の墓が並んでいた。墓の前には、番号札のついた短い木杭が一斉に打たれていて、新しい白木の位牌が置かれたものや十字架が立てられたものがあった。 私の姿はひとつの墓の…

山石千一『さんてつの夜』

あの大震災、津波被災から三陸鉄道が全面復旧して一週間。当初、列車はかなり混んでいたが、少し空いてきたようだ。 北リアス線の駅に着いたのは夕刻だった。予定していた列車に間に合わず、次の列車までかなり時間があったが、新装なった駅をゆっくり見よう…

高柴三聞『飢饉の冬山に佇む女の話』

村のはるか彼方 深い深い雪の山の中 吹きさらす風が 雪に半分埋まった シャレコウベを撫でると それは、ヒューヒューと 人がすすり泣くような音を立てる 一人の声ではない 幾人も幾万人もの怨嗟の声 飢えと寒さと絶望と 眼球の収まっていたはずの その暗い穴…

八兵衛『魔物三兄弟』

昔々のことでございます。みちのく地方のある村に、大きな大きな魔物の三兄弟が仲良く暮らしていたそうです。彼らに名前はありませんから、『壱』『弐』『参』と呼ぶことにしましょう。魔物兄弟の性格はそれぞれ異なっていましたが、外見は三つ子のようです…